なくしたもの

最終電車を乗り過ごしてタクシーに乗る.
タクシーに乗るや否や,運転手は世間話をはじめる.

タクシーは渋滞の246号線を横目に世田谷通りへ.
タクシーが東京農業大学に差し掛かると,ぼくは何かに取り憑かれたかのように辺りを見回す.


その昔,タクシーとは反対の方向にぼくはこの道を自転車で走っていた.
その道中に,当時お気に入りだったマフラーをなくした.
その日は,ぼくの大学卒業が決まった日だった.


あれから何年か経ったいまでも,ぼくはなくしたそのマフラーを探していた.

運転手の世間話が途切れたのを見計らって,ぼくはいつも通りのとおらない声で,

「むかし・・・」

と話を切出した.
だけど案の定,運転手の耳にぼくの声は届かず,運転手は世間話を続けた.


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